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zoom RSS 当下に即ち了する

<<   作成日時 : 2015/03/19 22:27   >>

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 幸田露伴の「魔法修行者」からの一節に「当下に即ち了する」とある。碁や狩猟を例にして修行の姿を説いている。何事でも目的を達し意を遂げるのばかりを楽しいと思う中は、まだまだ里の料簡である、と言う。実は沼沢林藪の間を徐ろに行くその一歩一歩が何ともいえず楽しく喜ばしくて、歩歩に味わっているのである、その姿が「当下に即ち了する」ことなのだそうだ。禽を得ようと沼沢林藪を歩く、山行に置き換えれば頂を目指して山に登る。登頂したことばかりを楽しいと思うのではまだまだ。頂きに立とうが立たまいが、その歩みが味わい深いのだ。私は碁を知らないが石を摘んで碁盤の格子に置く、その指の感触に憧れる。禽の羽音に耳を傾けながら足音を忍ばせて歩くのもワクワクする。その瞬間はただ勝ちたい、取りたいをだけ思っているから、指や歩みから味わいが生まれるのかも知れない。頂を目指しながらも、「当下に即ち了する」山行、ここに極まる。
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コメント(6件)

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たった今 一読しました(笑) 幸田露伴のエッセイですね。タイトルがすこぶる面白いですね「魔法修行者」。すでに隔絶の感があります(笑)

そのエッセイの中段に・・・一石を下す裏に一局の興はあり、一歩を移すところに一日の喜びは溢れていると思うようになれば、勝って本より楽しく、負けてまた楽しく、禽を獲て本より楽しく、獲ずしてまた楽しいのである。それは傍からは解らぬが何にせよ長い長い月日を倦まずに行じていた人だ、倦まぬだけのものを得ていなくては続かぬ と記されていました。

まあ何事も長じないと こういう心理には成りませんね。 
tabi-syashin
2015/03/20 10:16
tabi-syashinさん、こんばんは。
最後の所、読み落としていました(いや、すべてが難解でしたが)。倦まぬだけのものを得ていなくては続かぬ。僕は飽きっぽい。山登りを続けるためにある人は百、二百、三百と名山をハントしたりマッキンレーやヒマラヤにツアーする。続けることが目的になってしまうのが人間のさがなのでしょう。でもそこでは満たされない心があって倦んでいる自分を見失っている。倦まぬこと、これが(魔法)修行者なんですね。
HITOIKI
2015/03/20 20:51
ところで タイトル画像はたぶん朳差から頼母木あたりだと思うのですが 適期は7月の頭あたりでしょうか? 今年は胎内ヒュッテ側からアプローチしたいと思っております。車が山向きではないので 暫く躊躇しておりましたが 道路もアスファルトのようですね。胎内ヒュッテに前泊しようかな?7月 飯豊北部の花は何が咲くでしょう?
tabi-syashin
2015/03/20 21:17
倦まぬこと ということになりますと・・・同じ山の天辺を踏まずに何度も通うなどという僕みたいな者は 逆に 楽しみを持っていなければならない という風に解せますな(笑) それはそれは 実に困ったもんです。でも名峰と言われる山を100や200と言ってるうちはまだまだクリエイティヴな登山とは言えませんよ。ワンゲルのような自分で切り拓いてゆくような登山意欲がないと 創造性ある登山とは言えないでしょう。それこそ トレース文化にどっぷりつかれば200も300も数をこなすでしょうけど、それは何のため?ということになりますな。

同じ山に 二度三度と通う 歳をとればとるほど クリミティヴでクリエイティヴに依拠する登山ができないといけませんね(笑)
tabi-syashin
2015/03/20 21:32
tabi-syashinさん、こんばんは。
タイトル画像は地神北から頼母木小屋を見下ろした写真で去年の7月12日に丸森尾根から杁差岳を往復した時に撮りました。胎内ヒュッテからは6月29日に朳差まで往復しました。胎内ヒュッテまではいい道で6時ころからは乗り合いタクシーが利用できます。花は頼母木のハクサンイチゲの群落に憧れますが。7月の時は遅かったです。地神にはイイデリンドウを2年前の8月8日に丸森尾根から北股岳を往復した時に楽しみました。それと7月12日の朳差でセンジュガンピに初めて会えました。胎内ヒュッテから朳差の適期は6月後半でしょうか。小国山岳会がその年のベストアンサーを出してくれるでしょう。
HITOIKI
2015/03/20 21:42
tabi-syashinさん、こんばんは。
山のこととなるとほんとに話しは尽きず楽しいものです。同じ山を登ると、もしかしてそれが習慣になってしまうと感覚が麻痺してしまって倦んでくるようで怖い気もします。それで山から離れないようにと感覚だけで生きようとすると、無理が生じる。それには習慣化を嫌い、真夜中から歩いたり、雨の中を進んだりして変化を持たせる。僕の場合には近くの月山にいくことが多いけれど、なるべく人のすくないコースと時間帯を選び、季節が変わると花も変わるのでまだ倦まずにいられます。それと人との出会いかな。
HITOIKI
2015/03/20 21:57

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