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zoom RSS 熊野岳の青空(平成27年7月11日)

<<   作成日時 : 2015/07/11 21:27   >>

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 警報解除になった地元蔵王にやっと登った。娘と二人、青空の下、幸せな瞬間だった。
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 冬の樹氷とともに蔵王といえば初夏の駒草。今年は火山警報のために刈田岳と熊野岳が寸断されてしまった。だから、去年の続きの刈田から馬の背を歩いて熊野岳山頂を目指す娘との山行の再開は封印されてしまった。それでは熊野岳に登るにはどうしよう。ライザから中丸山を経由してピストンするか、と前日に帰ってきた娘と相談した。駒草を見る他に、山頂でスパゲッティを調理することも外せない。それとワシ岩を見上げる。それが、今回の楽しみだ。一晩考えて、美味しくスパゲッティを味わうには3時間を超えそうな中丸山ルートは娘には無理だろうとして、先週同様、ロープウェイに乗ることにした。娘も急に元気になった。
 自宅から30分くらい、8時過ぎには蔵王ロープウェイ駐車場に着いた。予想に反して数台の車があるだけだった。まだ観光客の足は戻っていないようだ。それでも、ロープウェイにはどこからともなく乗客が集まり、定刻の8時30分を待たずに動き出した。この日のザックも肩に食い込む。ザックは重ければ重いほどいい、との誰かの忠告を胸に5分くらいで樹氷高原に着いた。これからイロハ沼に散歩だ。ユートピアゲレンデのリフトは営業中で、係りの方は私たちの大きなザックと見てか、歩きですね、と誘ってこなかった。お腹を空かせるためにもゲレンデを歩いた。娘の足取りは軽そうだ。ゲレンデ上のベンチで麓を眺めては月山、朝日連邦を指差した。
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 ユートピアゲレンデからイロハ沼に続く道を歩き出す。ニガナやハクサンチドリが咲いていた。斎藤茂吉の石碑を左に見て、もう観光客気分に浸る。シャクナゲやウラジオヨウラクの花も二人だと新鮮に映る。観松平の大きな案内板が見えたがイロハ沼は過ぎたかと心配になり地図を取り出し、しばらく進むと、あと0.1kmの標柱があった。木道の向こうに水面が見えた。朽ち果てた木道には歩く姿はなく、山びとを楽しませる高山植物も寂しげだ。「ナンチャッテ蔵王」だからと、わかるようなわからないような説明を私がしていると、沼に黒い影が。魚かと思ったら4本足が見えた。家の中はヤモリで水の中はイモリ、ヤモリは爬虫類でイモリは両生類などと、どうでもいいことを話した。後で、あの顔つきは内心サンショウウオではないかと思って、リフトのおじさんに娘のスマホを画像を見せたが、?だった。こんどまでに調べて教えてと言って、樹氷高原駅に戻った。ネットはサンショウウオと教えてくれた。
 
 話しはイロハ沼に戻る。「ナンチャッテ蔵王」にも登山を楽しむ男が登場した。イロハ沼の木道でお湯を沸かして紅茶を入れて、いつもの塩トマト甘納豆を取り出した。サクッとした食感が嬉しい。涼風に吹かれ、野鳥と蛙の声を耳にしながらの二人の紅茶は一つのティーパックからの贈り物。そこへ汗の跡も逞しい彼が登場。最初は遠慮していたが、塩トマト甘納豆を分けてあげたりして、話しが弾んだ。下から登ってきたようだ。あっという間にバナナを2本平らげてしまった。また、会いましょうと別れたが、彼は栃木からだと。でも約束は1時間くらい経っただけで叶えられた。
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 娘は植物より動くものに興味があるようで、4本足の水中生物を彼方此方の沼で見つけ出してはスマホに写していた。それに木道の隙間から顔を覗かせたモウセンゴケも見逃さなかった。動いているわけではなかったが。私のほうは、風に揺れてざんばら頭になったワタスゲや、口を閉じて俯いてるウブなサワランをファインダーの枠の中に捉えようと這いつくばっている。「ナンチャッテ蔵王」も過去の栄華を憂いているわけではない。そのままワサ小屋まで登っても良かったがロープウェイを乗り継ぐことにしよう。その前にゲレンデをリフトで降りる。バーがなくて、背中のザックに押されて、落ちそうだ。なんとかカメラを構えてシャッターを切った。二人で700円だったかな。二人で山を楽しむためには出費を惜しんではいけない。

 蔵王山頂付近はロープウェイから見下ろすと樹氷の芯になっている木々が夏だというのに裸の枝を伸ばしたままだった。このままだと芯をなくした氷粒は墓標になるだけだろう。また時代は失われて行く。地蔵尊付近から半袖半ズボンのヤンキーが白い肌を輝かせて歩いて行く。私たちも地蔵山の巻道を歩き始めた。素肌の彼らはもう見えなくなった。花の名前を叫んでいる熟年ハイカーに出会う。そうだ、そんな名前だったと思ったが今はその頭文字すら思い出せない。しゃがみこんでレンズを向ける先からピンクの花の人気を知る。でもやはりヒナザクラの純白が良い。真夏の日差しの下ではすべてが白く光って見えて、やはり朝露を湛えた花弁にはかなわない。

 ワサ小屋跡の首を据え代えられた乳母神はセメントのネックレスをしていた。その前に置かれた板は倒れていて、立てかけてみたが表にも何も書かれていなくて、お賽銭の10円玉がぽつんと見えた。乳母神の顔は今まで通りどこをみているのかわからない。彷徨う目は巡礼で賑わっていた小屋を思い浮かべているのだろう。石段を登ると娘は空腹を訴える。元気な証拠だ。いつもの場所のオノエランの白い花と陽光とに翻弄されている間に塩トマト甘納豆を平らげる勢いだった。歩き出すと、なんとイロハ沼で会った彼に声をかけられた。風が強かったです、とのこと。花は見えましたかと聞いたが、太平洋は眺望できたかたずねるを忘れた。また会いましょうと挨拶されたので、すかさずブログの名刺を渡した。
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 稜線に出ると、成る程、風が強い。二人とも腹の虫が騒ぎ出したので避難小屋に入った。コツコツとノックをするような音が聞こえて来るが、ドアの前には人の気配はない。風のシワザだろうが、昼食の火が揺れることはなかった。そこへ訪問者が。黄色のヘルメットには宮城県と書いてあるよ、と連れに話して去って行った。青空の下で握り飯でも食べるのだろうか。私たちは「スパゲッティ100gに水220cc」とのネット情報どおりに、自宅で計量した半分に割ったスパゲッティ200gを飯ごうから取り出して、440ccの水を入れたジェットボトルが沸騰するのを待っていた。蓋を開けると湯気で指を火傷した。紅茶を入れる時に出したオシボリを取り出して冷やしたら、痛みもすぐ和らいだが調理は娘に任した。スパゲッティが茹で上がる頃にはネット情報どおり茹で汁は少しだけになっていた。一旦火を消してフライパンにオリーブオイルを引いて、袋詰めのスライスしたニンニクと唐辛子を炒めてから、茹で汁を注ぐとアッと言う間に火が上がってニンニクは真っ黒になった。その黒焦げを取り除いて、二つのお椀に分けられたパスタに注いだ。それから、フライパンにもう一度たっぷりオリーブオイルを引いて二つに切っておいたソーセージを炒めた。それから塩をかけて盛り付けられたスパゲッティの上に乗せて出来上り。麺はさすがにちょうどよく茹であがっていて、先週の芯のある飯ごう飯より美味かった。今度はトマトソースでもと、と喋りながら舌鼓を打って、沢庵と凍らせたペットボトルで冷やしたトマトにも手を出した。最後は紅茶のためにジェットボトルを綺麗にしようと水を加えて、沸かして卵スープをいただく。真夏でも山頂の避難小屋は涼しくてスープで温まった。

 避難小屋には1時間くらい居ただろうか、小屋から出ると稜線には数人を見かけるくらいだった。その稜線をロバの耳の分岐まで歩いて自然園の方に少し下るとお目当ての駒草を見つけた。花の先が黒ずんでいてまさしく馬の鼻のようだった。ガレ場を下ってまだ咲き出しのはないかと探した。どれも黒い鼻。戻ろうとしたら駆け下りるトレラン男。高山植物の女王を踏まないことを祈る。稜線に戻って御釜を見下ろす。娘は及び腰。高所恐怖者なんだって。私の背中の向こうにエメラルドグリーン。スマホに残っていたよ。絵になるねー。
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 稜線に戻ると一段と風が強く感じた。娘は耳が痛くなったと、ウインドブレーカーの帽子を被った。去年の暮れを思い出す。あの時は目も開けられなかった。遠目だが、稜線の駒草は群れて咲き誇っているよう。熊野神社に入った。中には焚き火の跡と白い山形県のヘルメット。頂標で二人の集合写真。私だけ緊張していた。それではワシ岩を見ようと中丸山行きの尾根を下る。人影が見える。どこまでも下りたいが、また登り返すことを思って立ち止まると、また駒草が咲いていた。ワシの肩口が勇ましい。娘は立ち止まったままだ。このままロープウェイまで下れると思っていたような。樹氷高原ロッジの青い屋根が小さく見えた。
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 10分くらいの登り返しだったが二人とも汗をかいた。二度目の山頂にはもう人影もまばらだった。山形盆地を見下ろせる岩の上で腰を下ろした。幾つもの頂が重なり合って見える。地図を取り出して中丸山に方向を合わせた。春に登った二つ森山は折り重なるように真正面に居座っていた。その右奥には番城山が雄大に聳える。娘から娘が大好きなチュッパチャプスをもらった。寝転がった娘は、初めてのように青空を見上げている。幸せの瞬間だった。近道を下ってロープウェイの乗り場まで。これから登る若者たちの声が聞こえる。ラフランスソフトクリームを食べる頃には辺りはまた暑くなっていて、麓の温泉が待ち遠しい。
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 地蔵からの帰りのロープウェイからゲレンデを下る男を見つけた。こんな暑い中をどうして、と私たちは観光客に戻っていた。手を振っているのが見えたので振り返した。ロープウェイの中で娘と運動量について考えた。滑車を例にすると、運動量は重さと移動距離の積である。なるほど、ならば今回の私は歩く距離は短いがザックの重い分、人並みの登山はしたのだ。理系の娘から教えられた。娘のザックは軽いままであったが。帰りの車では次回の山ごはんはジンギスカンがいいね、と歩くことより食べることが楽しみな山行が続きそうだ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
オノエランですね。以前にも話題に上りましたっけね♪
サンショウウオの隣の写真は何でしょう?
綺麗な赤紫色ですね。トキソウの蕾にしては丈がありすぎのような気が・・・。
まこ☆にい
2015/07/14 20:24
まこ☆にいさん、こんばんは。
オノエラン、飯豊で初めて見つけて、名前を教えてくれましたね。サンショウウオの隣はサワランだと思います。僕には同じように見えますが。
HITOIKI
2015/07/14 21:08

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