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みんなの「反復」ブログ

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絶望して往生に希望を託す
絶望して往生に希望を託す  部屋を暗くしてろうそくランタンと反射式ストーブの光の中、バッハを聴く。そうして夢想に誘われる。人は絶望して往生に希望を託すことはあるだろう。西方極楽浄土に憧れて、この世をはかなむ。その極楽はあるかどうかは、死んでみなければ確かめられない。その確かさは言ってみればその人だけにしかわからないものだろう。その人にとっては絶対とすること、それは極楽浄土だけではないのではないか。この世の中でも同様にその人にしか理解できないことはあるだろう。たとえば芸術。まったく世間からは見向きもされないが、生涯描き続け... ...続きを見る

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2017/01/25 23:14
横根から初冬の西蔵王(平成28年12月18日)
横根から初冬の西蔵王(平成28年12月18日)   隔週ごとに西蔵王と笹谷を交互に歩いている。原則、西蔵王は自宅から歩くが、今日は悠創の丘の北駐車場に車を停めた。そこから車道に出て、車道を登り横根の民家の前を過ぎると、何の木だろうか、朽ち果てそうな古木が枯葉を着けて、腰を曲げた老人のようにつっかえの柱を頼りに立っていた。  来春には花を咲かせるのだろうか。また、足を運んでみたい。古峯神社までの参道を登るつもりだったが、いつの間にか通り越し、鳥居の前に出てしまった。  先は雪が深くなって、ここからは動物の足跡も見えた。公園前には左側には... ...続きを見る

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2016/12/18 21:02
月山山頂にて蕎麦を味わう(平成28年7月10日)
月山山頂にて蕎麦を味わう(平成28年7月10日)  月例の仕事はいつもより数10分くらい早く終わった。それから姥沢に直行。今年はまだ月山山頂を踏んでいないが、何度も登った月山だ。花のこの季節はもう飽きるくらい登った。その反復のなかにも何か差異を残したい。草紅葉の季節に四ツ谷川コースを歩いてガスのなか、三途の川のようだね、との夫婦の声を漏れ聞いた。あのイメージは忘れられない。今日は下界は梅雨の中休みのような日照りだが、弓張平を過ぎれば、次第に曇って来て、姥沢からの月山は霧に隠れている。花の木道がガスに曇って、牛首まで天井を登るように続く。それから... ...続きを見る

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2016/07/10 21:59
「ジョルジョ・モランディ −終わりなき変奏−」展
「ジョルジョ・モランディ −終わりなき変奏−」展  こんばんは、HITOIKIです。  「私は、より多くの時間をかけることで、自分自身を繰り返す危険を避けてきたと思います。そうして、絵の1点1点が、ごくわずかなテーマの変奏となるよう、構想してきたのです。(1958年モランディの言葉)」 ...続きを見る

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2016/05/30 19:59
奇跡のように視界が広がった
奇跡のように視界が広がった こんばんは、HITOIKIです。  耳はいちばんあぶないところだ。(古井由吉「忿翁」28頁)  怖い話しだった。コケシの頭でテーブルの端を叩く音が果てしもなく反復する。耳はそばだてたり、閉ざしたりと、自分の感情で大きく変わる。だから、狂いも生まれるのだろう。 ...続きを見る

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2016/05/24 23:34
ガスがおりてきて
ガスがおりてきて  こんばんは、HITOIKIです。  古井由吉「忿翁」から  反復の疲れに俄かおそわれ、これを今日は飛ばしてしまいたいと誘われる。・・・  もしもそれぞれ個々の怨恨のあらわれた姿なら、反復になりはしない、・・・  宙に迷う現在だけが、永劫の反復となってそこにある。 ...続きを見る

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2016/05/23 22:10
雨は濾過されて
雨は濾過されて  こんにちは、HITOIKIです。  習慣が身につくや、行動の諸要素が、色々な状況にあっても等しくなる・・・だから、習慣は、けっして真の反復を形成することはない(差異と反復 24頁)。  反復とは繰り返すことだから、習慣と同じことかもしれない、ならば、繰り返しは習慣化し倦怠感を招くだろう。しかし、ジル・ドゥルーズは習慣はどんな状況でも画一的な行動を繰り返すことだという。なるほど、習慣化とはそんな行動パターンのように思える。それならば、状況判断はないわけで、退屈してしまう。反復はその状況に応じ... ...続きを見る

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2016/05/22 13:08
クアの道
クアの道  こんばんは、HITOIKIです。  待望の「差異と反復」を手にする。「反復は代理されない(かけがえのない)ものに対してのみ必然的で根拠のある行動となる(19頁)」「モネの最初の睡蓮こそが、他のすべての睡蓮を反復するのである(20頁)」  僕がこれでないとダメだとこだわることがある。たとえば白州を飲む時は九谷焼の碗でないと。それは代理されないもので、毎日の晩酌はそれでしか反復されえない。それが、取り替え可能な器で様々な酒を飲んでしまえば、そのアルコールによって心地よくなるという一般性(自然性... ...続きを見る

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2016/05/17 22:04
谷空木
谷空木  こんばんは、HITOIKIです。  埒もない考察に終わったような昨日の「反復」であったが、原文に忠実に辿れば、反復されるものについては記載がない。それならば、追憶と同じように「かつてあったもの」を反復すると解釈しても誤りでないか。これを前方に向かえばよい。つまり、反復とはかつてあったものを前方に向かって追憶すること、となる。すこし、すっきりした。  三吉山に稚児百合が咲いているらしい。ブドウ沢で見つけたが写真が取れずじまいだったので、待ち遠しい。三吉山の登山口に駐車して去年は時計周りだった... ...続きを見る

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2016/05/16 18:34
反復の上山葉山
反復の上山葉山 こんばんは、HITOIKIです。  キルケゴール「反復」から、  「反復と追憶とは同一の運動である、ただ方向が反対だというだけの違いである。つまり、追憶されるものはかつてあったものであり、それが後方に向かって反復されるのだが、それとは反対に、ほんとうの反復は前方に向かって追憶されるのである。(8頁)」  反復とは運動だとすれば、過去に向かうことはありえないから、当然、現在から未来に向かって繰り返されることが反復となる。その繰り返しを追憶するようにすれば、ひとを幸福にするのだという。それなら... ...続きを見る

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2016/05/15 22:11
反復考
反復考 こんばんは、HITOIKIです。 キルケゴールの「反復」を岩波文庫で読む(321頁)。そして、反復について自分なりに考える。自由なことをしたい思うと、人は反復に抱えられながら階段を上る。  反復の第1段階は「快楽」。僕が何か自由なことをしたいと思ったとする。休みの日に、自由に音楽を聴く。快い調べだから何回も繰り返す。そう反復する。快楽は反復を呼び、自分の快楽の自由は反復に飲み込まれる。  反復の第2段階は「賢明さ」。つまり、快楽に飽きた僕は賢くなろうとする。制約されることなしに自由に賢明さ... ...続きを見る

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2016/05/14 21:31
反復の自由
反復の自由 プルーストの「失われた時を求めて」を読むと、知らない所に行くと、いろいろな物が目に飛び込んできて、ドキドキして落ちつかない。しかし、それもしばらくすると、なじんで来て、なんにも感じなくなる。それが習慣の長所でもあり、また短所でもある、といったことが書いてあったように記憶する。僕の人生を振り返ると音楽に対する好みが10年くらい周期で変わってきた。20代はジャズ、30代は洋楽、40代はクラシックをかなり聞いて、ジャズは耳になじまなかった。50代はしいて言えばドビッシーくらいか。週末登山なども10年... ...続きを見る

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2016/03/25 22:14

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