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zoom RSS 反復の上山葉山

<<   作成日時 : 2016/05/15 22:11   >>

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こんばんは、HITOIKIです。
 キルケゴール「反復」から、
 「反復と追憶とは同一の運動である、ただ方向が反対だというだけの違いである。つまり、追憶されるものはかつてあったものであり、それが後方に向かって反復されるのだが、それとは反対に、ほんとうの反復は前方に向かって追憶されるのである。(8頁)」
 反復とは運動だとすれば、過去に向かうことはありえないから、当然、現在から未来に向かって繰り返されることが反復となる。その繰り返しを追憶するようにすれば、ひとを幸福にするのだという。それならば、追憶とはなんだろうか。ギリシャ人はあらゆる認識は追憶だという。そしてそれは過去に想いをはせることばかりではなく、また、最も近い過去、いや現在さえも、遠くへ押しやって、対象とするのも追憶だという。かつてあったものでもなく、現在のものでもなく、これからあるだろうことを遠くへ押しやるようにして認識することが反復か。
 蜂飼耳の「現在もなつかしい」は何度も紹介したが、その感覚が現在を追憶することに通ずる感覚だろう。そのなかでは「新たな自己を発見する」こととあったから、まさしく認識の問題となる。それならば、反復が運動であるならば、自己を発見するのではなく、自己を新たにすることなのかもしれない。
 また少し異なるかもしれないが、古井由吉の「雨の裾」に「むしろ、ふっと正気づいたように目が冴えて、いつもの角があまりにもくっきりと、見馴れた雰囲気を払って、そこに立つ。(207頁)」とある。いつもの角を追憶しようとするが、見馴れないものに見えるのは、正気づいたから(自己を新たにする)。反復しようとして、その結果、「ささやかなあらたまり」が起こった。

 今日の山は何処にしようかと、悩んだわけではないが、僕が登山を始めた翌年の春からの登山歴を写真集で辿ってみた。すると、今の季節からは離れるが、山形の葉山を連続して登ったことを思い出した。その最初が上山の葉山だった。その時は葉山山頂から南東に下った。当然、踏み跡も怪しくなり、最後は果樹園に出て、車道を長く歩いた。その炎天下の車道歩きが懐かしい。宮生小学校の脇の巨石が懐かしい。そんな、行き当たりばったりの、無駄ばかりの山行を反復したくなった。
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは、先日はブログにコメント頂きありがとうございました。
上山葉山、お写真とヤマレコ(復活されたんですね。最近気づきました。遅くてスミマセン)で、涼し気な稚児百合、満開の躑躅、拝見しました。
昔を懐かしんでの行き当たりばったり山行、何かワクワクしますね。小学校の「学」が旧字体なだけで、木造の校舎やブリキのバケツの映像がよみがえります。自分の小学校も当時はこの「學」だったなー。懐かしいです。
最近の私は山だけにこだわり過ぎてた感があったので、もっと視野を広げて楽しみたいと思いました。ありがとうございます。失礼しました〜。
追い風
2016/05/16 22:29
追い風さん、こんばんは。
アラカンとしては、なんとか、思い出にのこるような山行をしたいものだと、焦るばかりで、それでも、カッコよくやりたいと下から向こう側まで歩いてみました。
HITOIKI
2016/05/17 23:25

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