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zoom RSS テーマ「金山越」のブログ記事

みんなの「金山越」ブログ

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雪の県境稜線を冀う
雪の県境稜線を冀う  ビギナーズラックで厳冬期の番城山の山頂に立った。僅かに残るトレースを辿ってではあるが。その経験を追憶しようと県境稜線を北上して番城山を目指そう。もう何年も前からの希望だが、その思いは寄る年波と共に遠ざかる。それならば雪の稜線にテントを担いで牛歩で進む。そのために重装備に耐える肩と寒さに耐える気がほしい。あの時は地形も読めず細尾根を進むとやっと県境稜線が見えた。しかし、そこまでのルートはどこに足を置いていいかもわからないような雪庇の反復だった。  あと一歩進めば落ちてしまいそう。だから、すぐに... ...続きを見る

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2017/02/17 21:56
総集編羽州街道金山越 道迷いも楽し(平成25年3月3日)
総集編羽州街道金山越 道迷いも楽し(平成25年3月3日)  車で帰る道路に茶色の物体が遠くから見えてきた。ゆっくり車を進めるとその物体もゆっくりと動き出しガードレールの上に停まった。子供くらいの大きさで近づいてみると野生の猿だった。黒光りする赤い顔をこちらに見せ、車が通り過ぎても動こうともしなかった。山には食べるものがなく里山から農家の畑まで下りて来たのだろう。でもその畑も雪をかぶり寒い冬が続いている。  里山を車窓から眺めながら上山の楢下宿の町に入った。急に雪深くなって鎮守の屋根は雪を頂き百年前と変わらないように見えた。羽州街道に繋がる車道に車を乗... ...続きを見る

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2013/03/20 21:05
出会いはトレースだけ(平成25年3月3日)
出会いはトレースだけ(平成25年3月3日)  蔓ゲートを越えると右側にトレースがあった。やっと誰かに会えるかと思った。その人は今、何処だろうか、私の車は邪魔にならないか、とか思いながら、沼まで行って引き返すことにした。沼は水面が雪ですっかり被われていて、ただの窪地にしか見えなかった。知らなければその上を歩こうとしたかもしれない。みなもに映る雪景色はお預けになったが、また来ればいい。  さっきのトレースの元を辿ろうとしたが、傾斜の急な尾根に向かうようだったので、動物だったのだろう。登山口近くの民家まで出ると急に明るくなった。振り返えれば山... ...続きを見る

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2013/03/19 20:06
ついさっきを懐かむ(平成25年3月3日)
ついさっきを懐かむ(平成25年3月3日)  車道までの下りは思っていたほどの時間もかからずに、こんな道に苦労して登ったのかと思うと、ついさっきのことが懐かしく感じた。車道で地図に記載されたように崖があるのかと見上げてみると、確かにセメントに固められた絶壁が見えた。ここから、この雪の季節に下ったら滑ってしまうだろう。車道からも来た自分とトレースを辿って沢まで下りた。沢には桂の大木と落石があたりまえのごとく居座っていて、この沢にはこれ以上分け入るべからずと、告げているようだった。  まだ、帰るには早かったので古道を外れた箇所を探してみるこ... ...続きを見る

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2013/03/18 20:58
桃源郷(平成25年3月3日)
桃源郷(平成25年3月3日)  GPSは衛星を探せなくて600mから登ろうとしない。尾根は右に旋回して傾斜をゆるめる。今までの両脇に電柱のように並ぶ木に挟まれたやせ尾根からやっと解放されて、ちょっとした雪原が桃源郷のように思えた。神経を使う歩きからやっと解き放たれてもう一度GPSをみると高度は急に700mを有に超えていた。現在地が山頂からかなり離れた北側だと、等高線が水面に落ちた石が描いた楕円形みたいに見えたのでわかった。  ひと尾根越えたので見通しが良くなった。蓬沢山山頂はガスにぼやけていたが、そこまでは険しい谷や鬱蒼と... ...続きを見る

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2013/03/09 16:03
竜の背中(平成25年3月3日)
竜の背中(平成25年3月3日)  左のベルトが緩んだのかワカンが真っ直ぐに向いてくれない。履き直そうと適当な場所を探したが、やせ尾根は緩むことなく傾斜していた。左側に張り出していた雪庇は、今度は右に向かって来て、尾根をすこし下ってトラバースするように強いた。尾根を少し外しただけなのに雪は深くなり、真っ直ぐに歩くのもワカンの具合も悪いせいで苦労した。仕方なく、雪庇の反対側に進行方向を変えられるかと尾根を直行した。すると、尾根の左側はややなだらかで歩きやすかった。風の向きは左右の山肌の傾斜によって変わるようでそのため雪庇も向きが変... ...続きを見る

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2013/03/09 12:59
500mの尾根歩き(平成25年3月3日)
500mの尾根歩き(平成25年3月3日)  今、地形図に記された私の尾根歩きの跡を見ると水平距離でわずか500mくらいなのにびっくりした。それくらいの距離を何時間もかかってしまったということよりも、500mの距離でも随分、楽しませてもらったことに驚いた。もちろん自分にとっては初めての尾根であるし、知る限りでは誰も歩いた記録もない。それがただの藪こぎの山なら楽しめなかったかもしれないが、両脇に切れ落ちるやせ尾根を雪庇を避けながら登るのである。  一瞬の春光もつかの間、さらさらと雪が舞い散ったかと思うと、その白雪は真っ直ぐに落下せず真横に... ...続きを見る

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2013/03/09 10:14
春光(平成25年3月3日)
春光(平成25年3月3日)  遊々の森はどこなのかはこんなに雪が積もってしまってはわからなくて、赤布がある方に進んで行くしかなかった。左右が尾根になっているゆるい谷を登るとそれらの尾根がV字につながる先が幾分へこんでいる。その鞍部の向こうは明るく日が射していて、そこからの展望を期待して深い雪の傾斜をラッセルした。左側に梯子が木に立てかけてあって、遊々の森の正体を見たように感じた。しかし、葉をすべて落とした木々が雪の山肌に並んでいるだけではどこが遊々の森なのか、それから案内板らしきものも見つけられなかったので分からずじまいだ... ...続きを見る

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2013/03/08 17:19
遊々の森(平成25年3月3日)
遊々の森(平成25年3月3日)  蓬沢山に憧れたのは県境稜線上にあって、稜線の旅ができることだったから、車道に出てからはそのまま車道をラッセルして金山峠に歩くべきだったのだが、ふと左を見ると遊々の森の看板が私を狂わせた。単調な車道のラッセルよりは森を歩くほうが楽しそうだ。森の看板は緩やかな稜線の鞍部の下に位置していて、そこから稜線まで登れば目的地に着けそうな幻想に取りつかれた。  GPSを取り出し現在地点を地形図で一致させたつもりだった。車道の北側は崖になっているが遊々の森があるということは崖の記号の切れ目にいるだろうと早と... ...続きを見る

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2013/03/07 20:28
道迷い状態(平成25年3月3日)
道迷い状態(平成25年3月3日)  雪が被った沢にも透明な水が流れていて春が近づいているのを感じる。雪橋を踏み込まないようにして徒渉した。沢沿いに登ろうと思ったが左手の山肌の向こうに赤布が見えた。伐採予定の目印のようにも疑って見たが、杭のような短い木にも赤布があったので、それは茶屋跡の道標かと思って急な山肌を登ることにした。  しかし赤布の先には茶屋跡などなく、やっと去年歩いた羽州街道金山越とは違った道を歩いていることが知られた。言わば、道迷い状態である。GPSを見ればもっと早く気づいただろうが、それでは面白くない。そのうち、... ...続きを見る

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2013/03/06 17:40
雪の沢を渡る(平成25年3月3日)
雪の沢を渡る(平成25年3月3日)  帰りの車中で猿に出会ったことを昨日書いたが、なぜ、猿はガードレールから動かず私をじっと見つめていたのか、それからも考えていた。というのは、私の後に来た車がそこで車を停めて暫く動かなかったことを思い出したからだ。その時は写真でも撮っていたのだろうと思ったが実は餌をやっていたのかもしれない。そんなやり取りが以前から何回かあったので、猿は味をしめて動こうとしなかったのではないだろうか。  さて、山を振り返る。去年も登山口からしばらく歩いてからの沢で迷ってしまった。その時は沢の左岸の尾根をトラバース... ...続きを見る

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2013/03/05 19:01
羽州街道金山越(平成25年3月3日)
羽州街道金山越(平成25年3月3日)  車で帰る道路に茶色の物体が遠くから見えてきた。ゆっくり車を進めるとその物体もゆっくりと動き出しガードレールの上に停まった。子供くらいの大きさで近づいてみると野生の猿だった。黒光りする赤い顔をこちらに見せ、車が通り過ぎても動こうともしなかった。山には食べるものがなく里山から農家の畑まで下りて来たのだろう。でもその畑も雪をかぶり寒い冬が続いている。  里山を車窓から眺めながら上山の楢下宿の町に入った。急に雪深くなって鎮守の屋根は雪を頂き百年前と変わらないように見えた。羽州街道に繋がる車道に車を乗... ...続きを見る

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2013/03/04 22:23
速報羽州街道金山越 道迷いも楽し(平成25年3月3日)
速報羽州街道金山越 道迷いも楽し(平成25年3月3日)  山形県上山市楢下宿を過ぎると羽州街道金山越がある。去年の4月に通った道だが、今年3月はまだ雪が深かった。金山峠から蓬沢山と目指そうとしたが沢越えからルートを間違えた。沢から離れ、車道に出てから「遊々の森」を登った。ここから現在地を二つ南の尾根(694mピークあり)と間違えてしまった。結局750mのピークに辿り着いた。このピークからの蓬沢山のアプローチはとても無理だったので折り返した。車道に立った時の位置確認が出来なかったのが悔やまれるが、楽しい尾根歩きができた。 ...続きを見る

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2013/03/03 16:51
名もなき沼(平成24年4月7日)
名もなき沼(平成24年4月7日)  早春を過ぎ春爛漫を迎えたはずの山形だが雪は止みそうにない。痛む膝には緩む雪の下りはきつかった。ストックを持つ両腕は特に二の腕の伸側が痛い。左足も振り回すような動きに自然となってきた。まだ癒えてなかったのだろう。こうして人の足しか移動手段のなかった頃のメインルートを歩いてみると、昔の人の苦労やすごさがわかってくる。ゆっくり時間をかけて旅した昔。これからの私の人生も引きずる足とともにスローで行きたいと名もなき沼に映る峠を振り返りながら思った。 ...続きを見る

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2012/04/24 17:26
誰のトレースだ(平成24年4月7日)
誰のトレースだ(平成24年4月7日)  トレースは宮城側に続いていた。いや、宮城から続いていたらしい。山形側に進むとぶっちりと踏み跡は消えている。ここでターンをして自分のトレースを忠実に重ねたのだろう。すこし、腑に落ちない気持ちで東の蓬沢山への取りつき場所を下見した。実は、今日は蓬沢山までともくろんでいたのだ。でも、ここまでくるまでの充実ぶりからして無理だと一人納得した。帰路は林道を歩こうかとも思ったが結構雪が残っているので石碑の脇から下ることとした。少しも歩かないうちに見覚えのある道に出てふと右下を見るとトレースがある。先ほどの宮... ...続きを見る

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2012/04/23 18:28
鏡清水(平成24年4月7日)
鏡清水(平成24年4月7日)  県境稜線を降りてきたので当然、峠も県境なわけで大きく宮城県との道路標識と七ヶ宿の看板があって数百年後に戻されてしまった。茶屋跡程度の木柱ならいざ知らず、こんな観光案内があるとどんとひいてしまう。木柱ならばそれがないとただの雪の吹きだまりにしか見えないわけで、気分は江戸の旅人で痛い膝を引きずりながらやっと峠越えができたと感慨もあったが、いまさら鏡清水のいわれを看板で見せられれば、ミーハーな現代人に戻って名所見物の写真でも撮りましょうか。 ...続きを見る

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2012/04/20 18:04
尻滑りの向こうは絶壁だった(平成24年4月7日)
尻滑りの向こうは絶壁だった(平成24年4月7日)  稜線で軽食をとり目指す金山峠を東にみて歩きだす。しばらく行くと急な下りになり下にはガードレールや標識が見える。ああそこが金山峠かとほっとして膝を庇うために尻滑りを始める。しかし、ますます下りは急になり右に進路を変えトラバース気味に歩いて降りることにした。よくみるとトレースも通行止めの車道についている。峠に降りたって見上げると地滑りのために斜面はコンクリートで固められているではないか。遊び心も大概にしなければと小さく叫んだ。 ...続きを見る

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2012/04/19 15:04
そこは県境稜線(平成24年4月7日)
そこは県境稜線(平成24年4月7日)  七曲がりからは登りが急になると登山口の看板にあったので九十九折り気味に高度をあげると林道らしき巻道に踊りでた。左側にあまり注意することなく赤布のある右に進路をとる。左手の斜面の向こうに頂きがあるようだ。直登してもいいが九十九折りの延長があると思いトラバースを続けるがやや下っているようだ。しかたなく、遠くにみえる赤布を目標に直登することにした。70mくらい登ると松林の稜線にでた。ここでやっと地形図を出してみたが金山峠の西の山を登ってきたらしい。GPSを今日初めて取り出し憧れの県境稜線にまた立てた... ...続きを見る

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2012/04/18 17:15
雪渓を踏みぬく(平成24年4月7日)
雪渓を踏みぬく(平成24年4月7日)  茶屋跡を過ぎて道は左右に分かれる。前から気になっていたが赤布が結ばれているがその示す道は自分の辿ったルートと少し違っている。今度も布は左を誘うがそこはあきらかに岩のある沢で上流には車道のガードレールも見える。歩きやすい右を進む。トラバース気味に左によって登ると片足が雪渓を踏みぬいてしまった。どきっとしたがストックで上体が支えられていたのでことなきを得た。一度戻って、右の端を通ってすすんだ。しばらくすると、前方には道標らしきものが見え七曲がりにさしかかったことがわかった。 ...続きを見る

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2012/04/17 19:10
茶屋跡(平成24年4月7日)
茶屋跡(平成24年4月7日)  杉が規則的に並ぶ真っ直ぐな緩い登り坂の途中に茶屋跡はあった。雪に隠れてその四角い区画が旅人の疲れを癒した場所であることは想像するしかないが、まさにこの杉木立は数百年前と変わらないのだろう。これなら風雪をしのぐこともできるだろうし、夏の強い日差しからも逃れられるだろう。左手に沢を見ながら満ち足りた気分で歩き続ける。桂らしい木が杉に交じって見えてきて水の音を聞きながら日本の自然の豊かさに一人奮えた。 ...続きを見る

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2012/04/16 18:38
春まだ遠い森(平成24年4月7日)
春まだ遠い森(平成24年4月7日)  沢から少し離れ歩きやすくなってきた。青空こそ見えないが雪面の照り返しで次第に明るくなって心もすこし晴れてきた。しかし、なんの木かわからないが枝と呼ぶには太すぎる蔓状の分枝が大蛇のようにうねりながら道を塞いでいた。雪の重みでこんな気味の悪い成長を遂げたのだろうか。遠巻きにするようにして先をすすむ、道に迷ったヘンゼルとグレーテルのように。春まだ遠い森は魔法使いの住むかのような薄気味悪さが漂っていた。 ...続きを見る

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2012/04/15 16:16
雪の下に眠る街道(平成24年4月7日)
雪の下に眠る街道(平成24年4月7日)  沢の中に沈んだ、木の板を繋いでみてもここが旅人が歩いた道なのかもわからなくなり、ただ沢を上流に辿るしかないのかと諦めながらすすむが、いよいよ荒れた岩場になると膝のことも心配になり情けなくなってきた。地形図を取り出してみても沢沿いに道が記されているだけだった。沢の淵を堂々巡りしてふと左の低い崖に視線を向けると雪の層の下に木道らしきものが見えた。最初に進もうとしたが足場が悪くて引き返した所だった。ああこんな狭い悪路を昔の殿様や姫は通ったのか、第一の難所を何とか切り抜けた。 ...続きを見る

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2012/04/14 06:02
江戸時代の面影は何処に(平成24年4月7日)
江戸時代の面影は何処に(平成24年4月7日)  羽州街道・金山越えの魅力は江戸時代の面影を辿れることだというが、随所に石碑が見られ杉林が街道沿いにある以外、雪に包まれた沢筋には人気がなく山道はいつも通る山形の雪山と区別はつかない。沢をわたる橋は雪を被っているが、よく見ると木道だとわかる。何時かけられたかは知らないが、街道を過たずに歩けていることに満足した。 ...続きを見る

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2012/04/13 06:10
羽州街道 楢下宿・金山越え(平成24年4月7日)
羽州街道 楢下宿・金山越え(平成24年4月7日)  登山口は国の史跡になっているとは思えないようなひっそりとした所だった。車も数台程度しか置けないだろう。立派な民家があるが屋根の雪下ろしはされていたが人気は感じられなかった。ワカンを付け、ストックを両手に持って歩き出す。金山越えは地形図でみると沢伝いに峠まで登ることになるが、4月にしてはまだ寒く雪も舞う今日ならば雪渓を踏み抜くこともあるまいと思ったが道は最初から雪に隠れただ迷うばかりだった。 ...続きを見る

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2012/04/12 06:59
羽州街道楢下宿(平成24年4月7日)
羽州街道楢下宿(平成24年4月7日)  上山から金山峠までの羽州街道には楢下宿がある。今でも昔のままの茅葺屋根の宿屋が残っている。また明治時代に山形県令の三島通庸によってつくられた石橋の上をなにげに車が通っている。金山峠の登山口の下見に見物に行った時、地元の女から昔の旅籠で雛人形を飾ってあるから寄ってみなされと誘われた。遠慮してしまったが向かいの旅籠には駕篭が飾ってありそれは車中からカメラにおさめた。 ...続きを見る

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2012/04/11 06:45
峠ロマン(平成24年4月7日)
峠ロマン(平成24年4月7日)  県境ロマンに通ずる思いとして峠がある。奥羽山脈を越えるために出羽の国からは関山、二口、笹谷、板谷の峠が昔からあったが、羽州街道から奥州街道へ越えるには標高が低く風雪が穏やかな金山峠を通った。西奥羽の大名もこの金山峠から江戸に向かったばかりか、山形の秋本藩の所替えにもこの峠を通って館林に越されたそうだ。金山峠には鏡清水があり参勤交代の大名や旅人たちの喉を潤した。雪に埋まりそうな清水からは今でもこんこんと水が流れていた。 ...続きを見る

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2012/04/10 06:49
羽州街道金山峠を行く(平成24年4月7日)
羽州街道金山峠を行く(平成24年4月7日)  4月になったというのに朝からの雪はやまず、江戸時代の風情を残す静かな街道を金山峠まで往復の旅を満喫してきました。 ...続きを見る

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2012/04/07 13:49

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