南屏風岳でオクラベーコンスパ(令和2年8月10日)

 山の日だからか、刈田駐車場は朝から沢山の車で賑わっていた。市民登山を楽しむ老若男女が綺麗に整列していた。南蔵王縦走登山口近くの駐車スペースはどこも一杯で、大黒天の大駐車場もかなりの車があった。結局、刈田駐車場まで戻って、車から降りて、ストレッチを始める。どうも、足首の状態が良くない。特に朝起きがけが辛い。じっとしていても治るわけでもな…
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ジル・ドゥルーズ 「ニーチェと哲学」を読む ( ver 21 )〈差異の反復の原理 国文社 74頁〉

第一章 悲劇的なもの  1 系譜の概念 〈距離の感情〉 「ニーチェは、カント的な普遍性の原理と功利主義者の大切な類似性の原理に代わって、差異あるいは距離(差異的要素)の感情を用いる。「ひとが諸価値を創造したり、それらを規定したりする権利を手に入れるのは、こうした距離の感情の高さからである。功利性など何になるか( ニーチェと哲学 河…
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8月の南面白山(令和2年8月2日)

 岩の多い坂の向こうのぶなの木立には、上方から濃いガスが降りてきて、汗の引いた僕は、少しがっかりした。登り出しは8時を大きく回っているし、ゲレンデ跡の草はらは真夏の太陽で燃えるように暑かったし、このまま、天気予報を先取りして、晴れ渡って欲しかった。ゲレンデを過ぎて、大好きなこのぶな林の中で、ゆっくり腰を下ろしてスモモを2個食べた後の生き…
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高校山岳部と雁戸山(令和2年7月24日)

 登頂したのはいいが、それから下山時に足が痛くなったり、下山後にのどが痛くなったり、と体力に自信がなくなってしまった。それで、以前に何度も登った山で自信を取り戻そう。今日は登山に目覚めた頃の憧れだった雁戸山へ。この山では一度娘の高校の登山部に出会ったことがある。今日は息子の高校の登山部に会った。顧問の先生は私のことを覚えていて下さった。…
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何度目かの月山(令和2年7月18日)

 毎年のように登って来た月山を今年初めて登る。何度目かの月山。体力の衰えに気づかされる。また、身体を作らねば。幸い、左足首の状態はいい。登山後の疲労も前回ほどではない。牛首下にはまだ雪渓が残っていて、未来のオリンピックを目指す、若者達が濃霧の中を順に滑っていた。牛首からの急登で腰を下ろすと、雲海が広がっているのに初めて気づいた。LINE…
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雨のなかの駒草(令和2年7月12日)

 地蔵山下で雨になった。風はそれ程でもない。今回は最初から雨具を着ているし、湯を沸かす準備もした。迷わず熊野岳山頂を目指す。雨は本降りになって、雨具に雨音が響く。石の階段で下山者に会った。濡れ鼠のようだが、足取りはしっかりしていた。山頂前で駒草が雨の中で花弁に雨露をたたえて咲いていた。三角点に手で挨拶して、山頂避難小屋に入る。飯盒飯を炊…
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山形神室から雲海を望む(令和2年7月5日)

 日帰り登山でも昼食はこだわっていたが、最近ではコンビニおにぎりで済ますことが多かった。あまり人に会いたくないので、山頂などでゆっくりすることもなかった。今日は思いきって米を持っての登山だ。関沢インターからの笹谷峠までの国道は災害のため通行止だった(宮城側は通れるようで、峠の宮城側には数台駐車してした)。足首痛のため、今日も二本ストック…
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ワサ小屋跡まで(令和2年6月27日)

 祓川コースを登り、車道に出て、散策路に入った所でフリースを着た。ゲレンデ連絡路からイロハ沼を目指すと濃霧となって、ユートピアゲレンデで位置を確認して少し下って左に曲がると観松平に出た。誰もいない。イロハ沼ではワタスゲが霧の中、露に濡れて俯いている。先週の青空の下のとはまた違ったワタスゲに見入ってしまった。ワサ小屋跡までの道は笹が腰くら…
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御田ノ神のワタスゲ(令和2年6月21日)

 63歳の誕生日を蔵王でひとり祝った。まずは、中丸山から熊野岳を目指して、イワカガミの群生しているお気に入りの木道で一休みした。山頂下のコマクサの蕾は初夏の太陽を浴びて煌って見えた。御釜は夏の雲を水面に映して、穏やかだ。御田ノ神には大勢の人がワタスゲを楽しんでいた。体調は万全ではないが、確実に上向きだ。無理せず、二本のストックに頼ったの…
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初夏の蔵王の森を蔵王ダムから(令和2年6月14日)

 蔵王ダムから名号峰までと思っていたが、最初の車道歩きで時間がかかってしまい、午後からは雨の予想でもあり、八方沢源流の二つ目の朽ち果てた木橋までで折り返した。帰り雨量計から鍋倉不動までの山毛欅林で早めの昼食にした。倒木に腰掛けて、遥かに続く山毛欅林をご馳走に頬張るおにぎりは格別だった。蝿も寄って来たが、団扇で扇ぐと逃げていった。誰もいな…
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ヒューム「人間本性論」を読む

第1巻 知性について  第1部 観念、その起源、複合、抽象、結合について   第1節 観念の起源について   第2節 主題の区分 〈印象の再現が観念〉 「まず、〔感覚の〕印象が感覚能力を刺激し、われわれに熱または冷、渇きまたは飢え、あるいは何らかの快または苦を知覚させる。この印象の模像が精神によって作られ、これが印象のなくなっ…
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ブナ薫る立岩から村山葉山(令和2年5月30日)

 ブナ薫るこの時期、村山葉山は人気コースだが、今日は特別だった。7時過ぎには畑の市民荘前の駐車場には5台以上の先客が。靴を履いている間にも2台が到着。自粛解除に五月晴れが重なったためか。それで、予定通りに静かな立岩コースを登る。ほとんど残雪もなく、新しめの踏み跡の残る厚い落ち葉とブナの若葉からの木漏れ日に包まれて、ゆっくり歩いた。畑コー…
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遠い山形神室(令和2年5月24日)

 山頂は遠かった。午後2時までで折り返すつもりだった。ことさら、山頂を目指しても、ソーシャル・ディスタンスを保てないで、嫌な思いをさせてもつまらない。三角形の頂点はどうしても人が密集してしまう。それでも、2時までに山頂に立ちたかった。悔しい。複雑だ。多分、余裕で頂きに立てそうならば、あえて、その手前で折り返しても、悔しくはなかっただろう…
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仙石から藪漕ぎで躑躅咲く上山葉山(令和2年5月16日)

 地形図にある仙石から沢筋のコースは以前に下りで歩いたが、藪が酷かった。足元も不明瞭なので、三共造園の裏手から尾根に取り付いた。一旦見晴らしの良い畑の上方に出て、すぐに森の中を行く。標高290mくらいで大岩のピークがあり、北の方の尾根は下り。そこで地形図とコンパスを出して、東南に少し下る。そこからは見通しの悪い傾斜のほとんどない尾根で、…
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稚児百合の戸神山(令和2年5月10日)

 一気に春が深まった。片栗を探しに戸神山稲荷神社から登り出すが、もはや片栗の季節は遠に過ぎていた。  昼過ぎに縁側で読書をしていると、急に雲の間から日が差してきた。戸神山稲荷神社の裏手の尾根に取り付くと、あっという間に、森の中に入り込んだ。雨が上がり目覚めたように、野鳥も賑やかだ。獣道のような忘れられた山道を歩くと、雨粒を湛えた稚児百…
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宝沢から瀧山(令和2年5月9日)

 連休は巣篭もりしていた。20代以来の経験だった。その所為か、左膝が痛む。5時に目覚める。支度をして登山口には6時20分くらいに着いた。山菜採りの初老の男性に会う。野鳥の声と沢の水音に元気を貰って、快調に登る。途中の山毛欅林の芽吹きはまだだった。勾配がキツくなる箇所にピンクテープがあり、そこから左に曲がってみたが道はなく、また沢筋に戻る…
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巣籠もり或いはステイホームは遠い反復

 黄金週間も終盤だが、もともとインドア派の連れ合いは日常を反復している。僕は遠い学生自体の、あの一時期を反復する。そう、試験のために過去問をひたすら解いていた四畳半の下宿。あの頃は目指す明確な目標があった。今はどうだろう。三食自宅で、愛犬にも少しだけ味見させる。それ以外は善悪の彼岸を読んで、アイヴァンホーを読んで、それから、人間本性論を…
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ドゥルーズ 「差異と反復」を読む ( ver 2 ) ー自己自身を形成するー

〈しるしと応答〉(差異と反復 49頁) 「学習は、表象=再現前化と行動との関係において(《同じ》ものの再生として)行われるのではなく、しるしと応答との関係において(《他の》ものとの出会いとして)行われる(49頁)。」  同じものとはドゥルーズによれば、プラトンのイデアなどの絶対的な真実(主、神、自己)を指していて、ある意味、私たち…
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耕耘機の音

隣の家庭菜園から耕耘機のエンジン音がいつものように聞こえる。今日はなぜかそのゴーゴーと鳴る音が心地良い。いつもと変わらぬ日常を楽しむ。その耕耘機を握る手にはこれから数ヶ月後に実る収穫を刈り取る感触があるのだろう。反復とは未来を追憶すること。まさしくキルケゴールの声が聞こえそうだ。未来は可能性だが、そこには不確実性が宿るためスピノザは不安…
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休日の散歩(令和2年4月19日)

 新型コロナのため外出自粛とのこと。切ない。自宅軟禁状態のため微妙な体熱感を覚える。何度も体温計を挟んでみるが、平熱ではあるが、いつもより0.5度高くて、心晴れず。喉も数週間くらい前から痛いような気になってくる。3時になって二人で散歩に出かける。厳冬期のジャンパーに毛糸の帽子、マフラー、マスク、手袋をしても風が冷たく感じる。少し早足で歩…
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ルルちゃん色白になる

 他県に住んでいる家族と会えない日々。そんな時、写真が送られてきた。娘のペットのルルちゃんです。なんとなく、色白になったようだ。娘に聞いてみるとコオロギを食べなくなってから、白くなったとのこと。それで、ルルの主食はレオパゲルだそうだ。開発秘話が面白い。うちの愛犬は相変わらず食欲旺盛で、僕たちの夕餉の脇に控えて、おこぼれにあずかっている。
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瀧山の名残雪(令和2年4月5日)

 歩き出して、牧場のゆるい坂を登ると、わずかに白いものが風に吹かれて来る。それはすぐに消えた。登山道に入って、落ち葉の下に芽吹き出した若葉を探したが、まだのようだ。少し早めに歩いたせいか、寒さを忘れた。聞こえるものは小鳥の声だけで、寂しく、音楽もそのままにして、目まぐるしい1週間を忘れる。そこへ、次々と瀧山の常連さんにお会いした。何時も…
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つぶやき アーカイブ「反復」

〈着衣の反復〉 「ところが、骰子は何度も振られ、骰子振りは反復される。しかし、そのつどの骰子振りは、一回で偶然をとらえて、そして、《同じもの》の結果としての〈異なるもの〉つまり〈異なるもろもろの組み合わせ〉のかわりに、《異なるもの》の結果としての〈同じもの〉すなわち〈反復〉を手に入れるのである(差異と反復 304頁)。」  問いの起…
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紅白梅の双月から愛宕山(令和2年3月29日)

 馬見ヶ崎プールの駐車場には午後1時過ぎに着いた。どうも頭が重いが、山の元気を貰えば大丈夫だろう。先ずは盃山へ。山頂には大勢の人が一面に眼下に広がる市街を楽しんでいた。一旦、ゴルフ場に下って、輪を描くように東隣の尾根に取り付いて、藪を漕いで再び山頂に。もう誰もいなかった。教団まで戻って、双月公園に向かうと青空が見えて来た。公園の遊具に、…
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2020.03.24

 目指す稜線は藪の向こうにボヤけて見える。GPSを出して見ると、金山峠からはまだ少ししか離れていなかった。この冬は護摩山で藪こぎを繰り返したはずだったが、もう先に進む気は失せてしまった。  萱平に車を置いて、1年ぶりで南蔵王林道を歩いていると、後ろから作業用の自動車が近ずいてきて、呼び止められた。どこまで行くのですかの聞かれ、舟引山と…
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つぶやき アーカイブ「自己」

〈行動は何に依存しているのだろうか〉  「精神と身体とは同一物であってそれが時には思惟の属性のもとで、時には延長の属性のもとで考えられるまでなのである(第3部定理2備考)。」  しかし、だからと言って、「身体は精神の命令だけであるいは運動しあるいは静止し、そして彼らの行動の多くは単に精神と思考の技能にのみ依存している」と考えてはなら…
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春の日差しと瀧山(令和2年3月15日)

 瀧山の駐車地点には1台先客があった。挨拶すると爽やかな山ガールの声が返って来た。準備していると、もう一台が到着して、傍に停まった。霧氷が期待できますよ、と声をかけられた。軽く準備体操をして、歩き出すとサングラスを忘れたことに気づいて戻ると、懐かしい姿が見えて、片手を上げて挨拶した。僕のことはすぐにわかったようで、名前を呼んでくれた。山…
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つぶやき アーカイブ「善」

〈スピノザ「エチカ」から「能動的喜び」を学ぶ〉 「受動である喜びおよび欲望のほかに、働きをなす〔能動的である〕限りにおける我々に関係する他の喜びおよび欲望が存する(第3部定理58)」。  喜びには受動的喜びと能動的喜びがある。では、能動的喜びはどのようにして感じることができるのだろうか。  精神は妥当な観念を有する時に必然的に自己…
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「学習する組織」を読む(3)

ピーター・M・センゲ「学習する組織 システム思考で未来を創造する」の紹介の3回目です。 今回は「第3章 システムの呪縛か、私たち自身の考え方の呪縛か?」と「第4章 システム思考の法則」についてお話します。システムは自己と他者、主観と客観という問題を考える糸口にもなります。そこまで思索が深まるか、まあ、気軽にお付き合いください。 …
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つぶやき アーカイブ「習慣」

〈ダイエット失敗で悲しむな〉   知識として理解しているつもりでも、なにかの出会いによってその理解に反してついつい逆の行動に出てしまうことがある。たとえばダイエット中なのに、おいしそうなケーキを目の前にして食べ過ぎてしまう。このことを、節制のない(感情に負けてしまう)ためと納得していた。ドゥルーズは「たしかに情動はなんらかの像または観…
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山行100傑(月別)