つぶやき アーカイブ「正義」

〈するしないの基準〉
 もしきみたちが、よいものとは快楽以外の何かであり、悪いものとは苦しみ以外の何かであると、どんなしかたであれ主張できるならね(プラトン プロタゴラス 光文社173頁)。
 プラトンはこの主張を発展させたかったが、それをしなかったために、徳は一つのもの(知識)で、それだから教えることができるとの結論に達してしまった。前提が間違ってしまえば、どんなにその後に論理を積み上げても無意味であろう。
 快楽に征服されて、それゆえに、何をするのがよいかわかっているのに、それをしない(166頁)、それは大衆の主張であるとプラトンは言う。また、わたしが思いますに、よいものではなく悪いもののほうに向かっていこうとする性質は、そもそも人間本性のなかには含まれていないのです(185頁)とも言っている。するしないの基準は快不快ではなく、よい悪い(人間本性)であるとの思い込み、がプラトンにはあるように思える。
 よい悪いは人間ならどの人も正しく判断できるとの思い込み。快不快を感じるものがさまざまなように、多様性のなかに真実があるのだろう(平成30年9月17日)。
 するしないの基準は感情であるが、それなら行動の源は人間本性ではないか。その本性は人間の進化の過程で形成されたものだろう。そして、自我は他人によって生まれるように、人間の進化の歴史は社会の中で培われた正義の歴史でもある(令和元年12月30日)。

山形神室山頂の冷たい風(平成30年1月14日)
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